絶対光は忽ちにして闇を明らかにし、闇と斗うことなし。

私達人の意識はコトバで作られていますことをお話ししてきましたが、そのコトバ、言語がどのようなエネルギーなのか考えてみましょう。

闇とは何か?闇について考えてみました。

闇とは国語辞典では

① 暗い状態。光のささない状態。また,その所。

「―に紛れる」

② 知識のないこと。道理がわからないこと。

「母の言葉の放つた光りに我身を縈(めぐ) る―を破らん/浮雲四迷

③ 心が乱れて,正しい判断ができなくなること。

「恩愛の―」

④ 人に知られないところ。

「―に葬る」

⑤ 前途に希望のないこと。見通しのきかないこと。

「一寸先は―」

⑥ 秩序の失われた状態。道義が行われないこと。

「義理が廃ればこの世は―だ」

⑦ 月の出ない夜。闇夜。

と書かれています。闇とは暗いところです。視覚的には「夜」が暗く、「昼間」は明るいです。闇、暗さと感情が結びつくと、怖い、辛い、苦しい等、様々なマイナス要因が浮かんできます。感情はどのように作られてくるのか考えてみましょう。

小さな子はまず名()を覚えます。少しずつ単語を覚え、しだいに話ができるようになります。話ができるようになると(字)を覚えます。次に(数)を数えることができるようになると、筋道たてて話をしたり、筋の通る文章を書いたりできるようになります。ただし論理的な文章の作成能力の発達には非常に個人差があります。また物事を比較検討することによって違いを見出すことができるようになります。次の段落で説明しますが、次第に自我意識というものが確立されてきます。

名づけられたものの用途や機能などの特徴を抽出することで名の意味が成立し、それぞれが概念として定着していきます。具体的には人と話をしたり、本を読んだり、テレビを見たりといろいろな経験をすることによって、五感覚から外界の情報をコトバとして取り入れ、蓄積していきます。蓄積された概念からそれぞれの価値観が構築されてきます。それが自我意識です。

子供はコトバを獲得すればするほど豊かな感情表現ができるようになります。つまり獲得されたコトバによって感情が作られていきます。感情は2元的に発達していきます。相対的コトバ(語)によって相対的感情を獲得していきます。たとえば

好、嫌

陰、陽

善、悪

明、暗

白、黒

楽、苦

.等等

のようにです。

私達の感情は相対的、対立的に発達してきます。コトバの獲得は乳児、幼児、幼稚園、小学校、中学校、高校、大学と徐々に自己客観もできるようになります。自己客観の意識が根付いてくると、他に対する批判や理解も起こりますが、自己の内面への理解も深まります。

相対的な自意識の客観は、コトバの獲得並びに様々な経験によってより普遍的意識に目覚めていきます。自己の本質への疑問は宗教、哲学、科学という様々なアプローチにより今日に至っています。普遍的意識に目覚めてきますが、普遍的意識について考えているその言語が概念のままなので、いつまでたっても概念の範疇を出ることができません。言語を客観的にエネルギー的角度で考えてみることで、初めてそのエネルギーの本質を理解できるのです。心の闇は他の生物にはありません。人類にだけ心の闇が存在します。コトバを頂いているからです。思考できるからです。

コトバでできている思考はどのようなエネルギーなのかを、エネルギーの角度から解明された方がいます。

小田野早秧

という方です。

コトバのエネルギーがどのようなエネルギーであるのか、その解明から様々な事が解けてきました。コトバを解くことは人の思考を解くことになります。このことがとんでもないところに繋がっていたのです。

コトバ=言語は口から言語という「音」をだしコミュニケイションを計っていますが、それ以前に頭の中で 「音」が回っています。口からでない音=言のことを『念』と言います。念という字は『今+心』と書いて あります。

念→今+心→今+茲+ロ露

今とは『一瞬』です。この一瞬がココ茲にロ露われていることになります。口から出るコトバと、そのコトバが口から出る前に頭の中で回っているコトバは違うのです。口から出るコトバの速度は、音の空気中を伝わる速度は秒速

1気圧の乾燥空気では「331.5 + 0.61t (t は気温[℃])」

という式で表されますが、「今」という速度はどのくらいの速度なのでしょうか?

「今」という速度は一瞬です。

この速度は小田野は光が透明になる位速い速度で動き=回転している E (エネルギー)と言っています。磁電波の周波数に於いては、無限サイクルを持ち無限サイクルゆえに「絶対浸透性」があり、宇宙におけるもっとも早い速度「一瞬」=「今」という速度です。「今=一瞬」という「時」の動きは宇宙のあらゆるところに於て「同じ一瞬」を成立します。「今」が「無限」の「場」において成立していることは、「宇宙は今という時間が無限に充満している」ことになります。

「今」という時間の速度は無限サイクルであるなら、光速(C、コンスタント…30万km/sec)の無限倍の速度だということになります。

小田野は光速の無限倍の速度を持つエネルギーのことを

光透波

と言っています。視覚にはこのエネルギーはどのように映るのでしょうか?

例えばなぜ昼間は明るく、夜はなぜ暗いのでしょうか?以下ネット情報です。

これは、空の色が何故青く見えるのかということと、密接な関係があります。では、何故、空の色は青く見えるのか。これは「レイリー散乱」という現象によって起こっています。過去の質問検索で、「レイリー散乱 空 青」というような検索語で調べてみると、説明が出てきます。あるいは「レイリー散乱」だけでも、空の色についての色々な話が出てきます。

ここでは、簡単にレイリー散乱の説明をします。太陽から光が地球に訪れるのですが、この光は「連続スペクトル光」と呼ばれる光で、青や、青緑や、緑や、黄緑や、黄色や、オレンジや、赤など色々な色の光が連続的に含まれています。青よりもっと青い光は紫外線で、赤よりもっと赤い光は赤外線です。しかし、これらは、人間の目には見えません(紫外線などは、日焼けの原因になり皮膚癌の原因にもなりますが)。

ところが、地球は厚い大気の層に被われているので、太陽からの光は、この厚い大気の層を通って来るのです。その時、「レイリー散乱」という現象が、大気を通過してくる太陽の光に対し作用します。これはどういう作用かというと、「青い光」を散乱させ、赤い光や黄色い光は、ほぼそのまま大気を通過させるという作用です。

「散乱」というのが分かりにくいですが、青い光を、一種の粒子と考えます(光子のようなものです。光子それ自身でもあるのですが)。すると、青い光の粒子は、地球の大気の分子と衝突するのです。赤い光の粒子も同じように衝突するのですが、青い光の方が、たくさん衝突します。大体、赤の光の16倍ぐらいが、衝突します。衝突するとどうなるかというと、太陽からまっすぐ地球表面へと向かっていた光が、途中で、進行方向を変えてしまうのです。青い光はたくさん、進行方向を変えられ、それは、四方八方に散らばります。これを「散乱」というのです。

散乱が起こるので、地上で、空を見上げると、そこには何も光っている天体がなくても、その方向の大気の分子が散乱させた青い光のなかで、見ている人の方向へと進んできた「青い光」が見えます。空をずっと見回すと、どこを見ても、同じ原理で、散乱された青い光が、空のその部分から放射されているように見えます。こうして、空が、青く光って見えるのです。これが、空が青いことの理由なのです。

宇宙空間はほとんど何もない真空なので反射する物がなく、光はまっすぐ通過して行ってしまいます。ですから、私たちの目に戻ってくる光がないので、宇宙空間は黒く見えるのです。

光透波というエネルギーは無限サイクルの電磁波ですので、二つと無い電磁波です。絶対電磁波と言います。しかも一瞬に無限方向に無限の絶対電磁波が放射されるので絶対電磁波と絶対電磁波が交わり無限の場ができます。その無限の場それ自体が発光します。絶対電磁場が光輝くのです。その光を小田野は絶対光と言っています。視覚にはどのように映るのかというと「透明」としか見えません。

この絶対光は闇を作ることはありません。この透明な無限空間こそ真空であり、絶対光の大海原なのです。

言語の概念は対立的感情、打算的勘定を作るので相対的意識が心の闇となって表れるのです。言語の概念をはるかに超えた、一切闇を作らない絶対無限エネルギーこそ私たちが使っている言語の本質なのです。

今回のブログでテーマである

絶対光は忽ちにして闇を明らかにし、闇と斗うことなし。

このコトバは菊池霊鷲、太母さんのコトバです。

絶対光は意識の本質であるコトバの視覚的現れなので、本来、私たちが使っているコトバは闇をなさない絶対無限エネルギーで作られているのです。ですから言語の概念の闇は忽ちにして明らかになり、闇と光という相対的関係の光ではなく絶対光なので、闇をはるかに超えているから戦うことはない超絶エネルギーなのです。

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