八田光典プロフィール

◯1953年9月25日 福岡県西区姪浜町 生まれの海育ち。

小学校低学年まで福岡県春日市内にある「アメリカンベース」にて生活する。数百人の日本人が、全く同じ生活環境で生活し、大家族のような生活体験をする。この時の経験が私の人生に於ける考え方の基本を作る。地球家族という考え方を小学生の時に実体験する。

1972年ー大学は京都の立命館大学機械工学科に入り、原子炉の壁の材料を研究する。大学3年生の時、人口問題につて知る。爆発的人口問題に由る様々な環境破壊、社会構造の変化。21世紀初頭には地球的レベルでかなりの変化が起こることを、『ローマクラブレポートー成長の限界』等様々なデータによって学ぶ。

そのような地球環境下ではコミューンのような『ファンデーション』の必要性が不可欠と考えた。大学の教授数人、友人等から考えを聞く。社会的にはバブル以前なのでまだ皆楽観的だった。当時福岡で小レポートを作り父に手伝ってもらい、配る。だれ一人返事はなかった。ノーアンサー!

ファンデーション作りにはお金が要るので、一つには国の予算を使ってできないものかと考える。アメリカの原子炉の研究で当時かなり有力な教授が、ノースウェスタン大学にいることを教授から聞き、トライしようとするがあまりの難しさにギブアップ!

1978年ー自分のできる範囲で『ファンデーション』を作るには、サラリーマンより商売をやったほうが良いと思い。母が美容業を営んでいたので、この商売をベースに拡張して資金作りをしようと、東京の美容室に就職する。

◯1984年ー様々なジャンルのいろんな方々にお会いする。そして最後に『小田野早秧』先生にお会いしました。この時の様子はサイトメニューの「出会い」をお読みください。コトバに関してなにも考えていませんでしたし、コトバがどのような存在でまたとてつもないことに繋がっていることなど全く知りませんでした。兎に角吃驚!しました。

福岡に戻り美容業をやりながら『光透波』研究会を作る。

2002年ー宇部で勉強会始まる。

2004年6月1日ー下関勉強会始まる。現在年に2回4月、9月第一火曜日に勉強会開催

2005年4月ー光透波理論講座のテキストでもある『光透波』出版。この内容は小田野先生とその弟子によって行われていた基礎講座を纏めたものです。

現在ー福岡、下関、広島で勉強会開催。サイトの「勉強会」をご覧ください。